刹那の願い星





サワサワサワ……………。



辺りは静けさに満ち、日は既に沈み掛けていた。
オレンジに輝く夕日が、とても眩しかった。

昼間の暑さがまるで嘘だったかの様に、今は風も吹いていてとても涼しい。

汗を拭う必要もなくなり、とても心地良かった。







「………何耽ってんだ、オスカー!!」

「っ!!!」

突然、バシィンと勢いよく背中を叩かれ、背中から強い衝撃が体全体に伝わってきた。


「……耽ってなんか…いない、よ…」

「む、そうか」


声の主は、やはりケビンだ。
オスカーがあまりの驚き様にむせているのも気にせずに、彼は騒がしくし出し、辺りの静けさを台無しにしていた。








彼は相変わらずで、クリミアとデインの戦いが終わった後も、しばらく傭兵団の砦に滞在していたのだった。


「いや、何かお前の姿を見かけなかったものでな」

「別に……仕事なんか、普段はこんな時間に入らないよ……」

「……それは愚痴か?」

「別に…そんな訳ではないけど」

「…それならいいのだがな」

「………そんな事でいちいち愚痴なんか零してたら、その前に君の事で愚痴を溢してるよ」

「…………どういう意味だ!」

「ははは、そのままの意味だよ」

オスカーはくすくすと笑った。
そんな彼の態度で、また怒るかな、と思っていたのだが、ケビンは何故か、それ以上は何も言わなかった。



「………ケビン?」

「…良かった」

「?」



すると、ケビンは真っ直ぐに此方を見て、言った。

「…お前、最近暗い顔ばかりしていた様だったからな……少し、心配してたんだ」

「ケビン………」


好敵手からの、意外な言葉に、オスカーは驚きを隠せなかった。
と同時に、心の奥ではそんな不器用な彼の一言が、とても嬉しくもあったが。




「……そういえば、今日はよく晴れたね」
オスカーは話題を変える様に、空をゆっくりと見上げた。

「? あぁ………」

「今日は七夕の日だから……この様子だと今夜はよく見えるだろうな」

「???」

上手く状況が飲み込めていないケビンに、オスカーはもう少し経ったら分かるよ、とにこにこしていた。



「……それにしても、お前の所は皆、明るくていい奴らばかりだな」

ケビンは、遠い目をして呟くようにオスカーに話をふった。

「うん…私は、良い仲間を持てて幸せ者だよ」

「そうか……それは、もう何も言う事はないな」

「そうかい? でも、君の所にも良い人達はたくさん居るだろう?」

「まぁな、居るには居るが」

ケビンは鼻をぽり、と指でかいた。

「―――でも、お前が居ないのは何だか――寂しく感じる」

「………そうかい?」

ケビンの見え隠れする、本音に、オスカーはいつも困ってしまう。
どう返せばいいのか、言葉が見つからなくなってしまうからだ。


「………」

しばし、静かな時が流れた。






「……でも――」

――――と、

ざぁぁっ………と風が二人を吹き付けた。




「――あ」

「? オスカー?」

「ケビン……ほら、空が………!」

「? 何………―――…!」

つられて空を見上げたケビンも、同時に声を失う。



夜空に輝く、美しい数えきれぬ程の星――それはもう、この世のものとは思えない程の美しさだった。


「これは一体……」

「天の川…っていうんだそうだ」

「天の……川……」

まるで、その輝きは本当に、空に幾千の宝石が輝いているかの様であった。













しばらく空を見上げていた、オスカーは呟く様に、そっと言った。


「………ケビン」

「ん?」

「…君は……もう、此処を発つのだろう? ――そう、遠くない内に」

「…………」

「……いいんだ、いずれは…って思ってたから……」

オスカーは顔をそっと伏せる。

「………あぁ…」

「君は、いつも騒がしかったけど……しばらく、共に過ごせて…賑やか過ぎたけど、……楽しかったよ」

「………オスカー……」

「――ねぇ、知ってるかい?」

唐突に、オスカーは話題を切り換えた。

「? 何がだ?」

「この日に、願い事をするとね、それがいずれ、叶うかもしれないんだって」

「ふむ………」

「…ケビンなら、クリミア一の騎士になる事、かい?」

オスカーがにこやかにそう言う。

すると、ケビンはオスカーの方を真っ直ぐ見、一言言った。




「――今の願い事なら、俺はお前とこれからも共に在れる事を願うぞ」




「………不思議だね、君は」

「…そうか?」

オスカーは内心、更に驚きで一杯になっていた。

しかし、表には出さず、必死に高ぶる胸の内を抑え込んでいたのだ。




何か、返したい、言葉を。

とても、とても―――大事な一言 を。

なのに―――なのに、真実の心が出てこない。

言葉にする、という事はこんなにも難しかっただろうか?

胸に、詰まっている、この言葉は――――………




――――――彼と居られる時間は、もう無いのに…………






「――もう、そろそろ寝るか…明日も早いだろうしな」

「…………」

「オスカー? 先に行くぞ?」

「……ケビン!」

思わず―――オスカーはケビンの袖を引っ張っていた。

「! ……オスカー…?」

ぐいっ、と力任せに、ケビンを、掴んだ。

その為に、バランスを崩してケビンに危うく抱きついてしまった。

「お、おい……」

うろたえる彼に、オスカーはずるりと凭れ掛った。

「ケビン……………」

「どうしたんだ、熱でもあるのか?」

「……私だったら…」

「……?」

「…君と、同じ事を願う……と思う……」

「オスカー……お前…」



「私も…共に、在れたら…………」



「…………」









夜空に、一つの星が、すっと流れた。




――――後に、この二人のささやかな願いは、再び身を結ぶ事となる………。


また、次に会う時も、戦場で。





次に会う時まで、今しばし、星達は道を沈めてゆく。




安楽の地は、まだ遠く、遠く先――――――………









End


ほのぼのケビオスでしたー。

これは七夕に書いた話で、旧館の方から少し手直しして持ち出してきました。
こっちでも記念に何か新しい話を書きたい……。



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